氷高颯矢
学園祭で歌った事がきっかけで、シャーヤ=ティフィは聖夜祭のミサで賛美歌を披露する事になった。歌う事は好きだったが、賛美歌というと堅苦しく、あまり宗教に興味のないシャーヤには理解しがたい詞でもあり、少々乗り気ではなかった。
「《ハート》でない君に頼むのは心苦しいんだけど、君の歌を聴きたいという希望が多くてね…」
ルーエは困ったような表情で微笑った。
「歌う事は好き。でも、心の入っていない歌にならないか不安なの」
「シャーヤの歌なら誰もが聴き惚れるさ!」
シオンが励ましの言葉をかける。
「かくいう俺だって、生まれてこの方縁のない大聖堂に行く気になるんだ。みんなお前の歌が好きなんだよ」
「…ありがとう、シオン」
ミサの最初にシャーヤは歌う。真っ白な衣装に身を包み、髪を結って――控え室で待っている間、シャーヤは考えていた。
「私の『神』はどこにいるの?」
「――ここにいるさ」
窓際のカーテンが揺れた。その影から現れたのは見かけぬ青年。
「誰?」
「キミが探している答えを名乗ろうか?」
「貴方…この学園の人ではありませんね?」
「今は、ね。でも、遠くない未来にここに戻ってくる予定」
青紫の瞳。どこか懐かしい。
「貴方は…神は存在すると思いますか?」
「――難しい質問だね。でも、いるよ。『神』は、ここにいる」
青年は自分の胸を指した。
「心の中?」
「信じられる『何か』――それでいいんじゃないか?例えば、戦場に一人、そんな時でも『生きよう』と願う気持ちがある限り、意外と何とかなるものだ。そういう目に見えない形のない、でも確かに存在する『何か』に名前をつける。するとそれは『神』になる――それが答じゃ不満かい?」
シャーヤは首を横に振った。青年は確信を持って微笑んだ。
「さぁ、歌姫。出番が来たよ」
シャーヤはハッとして控え室を後にしようとした。だが、青年が気になって扉の所で振り返ると、そこには風に揺れるカーテンだけが映る。
(私の、『神』…)
シャーヤは胸に手を当て深呼吸をした。そして、顔を上げると大聖堂の大広間へと向かった。
今夜のミサを執り行う学園付きの祭司の一人が扉を叩く。
「どうぞ」
「あぁ、ルヴィカ・セリー猊下。ご到着が遅れていると聞き及んでいたのですが、無事お着きになられたのですね」
「私は少しばかり方向オンチでね。先程、誤ったルートからようやく軌道修正して辿り着いたよ」
ルヴィカ・セリーは真っ白のマントを翻した。その容貌はとても若い。傍らの聖杖を手に取る。瞬間、髪と瞳の色が黄金に変わる。
「行こう…」
歌声が聞こえてくる。ルヴィカ・セリーは耳を傾けた。
「『神』はここに…キミの御許にいるのだよ」
シャーヤが3年生の時の話です。
ルヴィカ・セリー猊下はルベリアの出身でございます。
「謎の人物を増やすな!」と怒られそうだけど、仕方ないのです。
勝手にキャラが増殖するんだもん!
これは100題から「賛美歌」です。
あんまり歌に関わってないじゃんってツッコミは無しの方向で…